コーチとしての自分を信じきれないあなたへ。

自己受容を深めたいコーチのためのコーチ
藤田琴子です。

クライアントの可能性は信じられるのに、
自分のことは信じきれない

密かにこんな葛藤を抱えていませんか?

コーチとして、
クライアントの人生に伴走するためには、

まずコーチ自身がありのままの自分受け入れ
自分自身を信じる必要
があります。

私はこれまで
コーチング・カウンセリングあわせて
約2,700件のセッションを提供してきました。

そして、
自身の自己受容のプロセス
も活かしながら

コーチが自己受容を深め
自信を持ってクライアントの前に立てるよう
伴走します。

私がコーチとして大切にしていること

クライアントを信じきること

コーチとして最も大切にしているのは、
Co-Active®コーチングの礎の一つである

People are Naturally Creative, Resourceful, and Whole.”
(=NCRW人はもともと創造力と才知にあふれ、欠けることのない存在である

という前提です。

これまで実施してきた
約2,700件のセッションを通して
確信しているのは、

答えも
変革に必要なリソースも
すでに本人の中にある

ということです。

たとえ、
コーチとして迷い
自信を失っている時でさえ

あなたの中の力は失われていません

私は、
どんな状態のあなたであっても
それを信じて
います。

本当に話したいことを話せる場を創ること

コーチは、
普段は“聴く側”です。

だからこそ、
自分が本当に話したいことを、
安心して話せる場を持たないまま
抱え込んでしまっていること

少なくありません。

私はセッションの中で、
こう問いかけます。

今、本当に話したいことは
何ですか?

まとまっていなくていい。
きれいな言葉でなくていい。

コーチとしての役割を
一度脇に置き、
迷いや弱さも含めて
そのままでいられる場をつくること

それを大切にしています。

そんな場を経験することで
自己受容も少しずつ
確実に深まっていきます

こんなコーチの方へ

  • クライアントの可能性は信じられるのに、自分のことになると自信が揺らぐ
  • 「ちゃんとしたコーチングをやらねば」と、クライアントの前で力が入りがち
  • 学び続けているのに、「これでいいのか」「まだ足りない」と不安になる
  • サボタージュやマイナス思考のループに巻き込まれてしまう
  • 本当は自分が何を望んでいるのか」が、分からなくなっている

もし、
ひとつでも当てはまるなら、
セッションの時間は
きっと意味のあるも
のに
なると思います。

そして、
自己受容が深まると

頑張って変わろうとしなくても、
コーチとしての在り方は
自然と安定
していきます。

🍀 継続コーチングの詳細を知りたい方はこちらから:

藤田琴子の継続コーチング | 本来の自分を取り戻す時間こんにちは。 自己受容を深める コーチのためのコーチ 藤田琴子です。 本ページをご覧いただき、 どうもありがとうございます...

🍀 実際に起きた変化を知りたい方はこちらから:

コーチング体験談 | コーチングを受けて起きた変化このページでは、これまでにコーチングをご利用いただいた方の体験談をご紹介します。いずれも、ご本人の許可を得て掲載しています。 継続...

基礎情報

藤田琴子 (ふじたことこ)

青山学院大学法学部公法学科卒業後、渡米。Teachers College, Columbia Universityにてカウンセリング心理学修士課程修了。

アクセンチュア(株)で約5年勤務した後、カウンセラーに転職。国際結婚により、2011年に渡仏。以後、フランス在住。

2017年に(株)cotreeに登録、オンラインカウンセリングを開始。2019年からはアセスメントコーチングも開始、運営にも関わる。

2021年よりCo-Active®コーチングを本格的に学び、2023年にコーチとして独立。2024–2025年にはスペインにて開催されたCo-Active Leadership® Programに参加。

これまでに、コーチング・カウンセリングあわせて約2,700件のセッションを提供。

心理学、コーチング、グローバルでのリーダーシップ・プログラム体験を統合し、自己受容を深めることを通した、コーチとしてのあり方の変容」をサポートしています。

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もし、ここまで読んで
どこか共鳴するものがあった
のなら、
まずは一度、お話ししませんか

今抱えている
テーマや悩み
を伺いながら、
ご質問にも丁寧にお答えします。

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一度話してみたい
という方も、
どうぞお気軽にお申し込みください。

なお、無理な勧誘は一切ありませんので、
どうぞご安心ください。

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※ご興味のある方へ | これまでの歩み

ここでは、
なぜ私がプロコーチになったのか

そして、
なぜ「コーチの自己受容」を
テーマにしているのか
を、

詳しく綴っています。

私の原点
ここまでの軌跡
まとめた文章です。

ご興味のある方は、
どうぞお読みください

詳細を読む

幼少期:空っぽな「いい子」

私は、転勤族だった父の都合で、
引越しの多い幼少期を過ごしました。

家族は、真面目で厳しい父、
子育て命の専業主婦の母、姉と弟。

性格は、聞き分けが良く、
いわゆる「いい子」でした。
大人の言うことには、疑うことなく従うので
大体の先生に気に入られる子どもでした。

でも、逆に言うと、
「自分で考えることを放棄していた」
ともいえます。

印象に残っているのは、小学校6年生の時。
卒業アルバムに、
「将来の夢」を書く必要がありました。

生まれて初めて
「あなたは、なにをやりたいの?」
「あなたの望みは、なに?」と問われ、
ものすごく戸惑ったのを覚えています。

それまで、意見や希望を聞かれることはなく、
言われたことをただただやってきた。
初めてのぞいた自分の心は空っぽで、
なんにもない。

でも、「優等生の自分」が
指示されたことをできないなんて、
絶対に許されない。

ものすごく焦り、
なにか書かなきゃと必死で考えるも、

母は専業主婦、親戚も専業主婦が多く、
そもそも「働く女性」のイメージが
全く湧かない。

締め切りがジリジリと近づく中、
なんとか捻り出したのは

「アナウンサーになりたいです。」

それが小学6年生の私にとって、
「働く女性」として
唯一思い浮かんだイメージでした。

高校時代:「傾聴」のパワーを体験、カウンセラーに憧れる

中学に入った頃から、
「もっと違う世界を見てみたい」
「海外に行ってみたい」
と海外への憧れが出てきました。

そのため、
帰国子女のための校風の自由な高校を受験。

無事、希望通り入学できたものの、
クラスメートと自分の「差」に
大きな「カルチャーショック」を受けました。

可愛くて、性格も良くて、
勉強も運動もできて、
ピカピカの真っ白な歯を見せて笑う
キラキラ輝く帰国子女がいっぱい!

しかも、
楽しそうに英語で会話している子達もいる!

自分の生きてきた世界は
なんてちっぽけだったのかと、
わずかな自信は、木っ端微塵に砕かれました。

そして、反抗期と重なったこともあり、
常に正論をぶつけてくる
父との関係が悪化していました。

気持ちを発散するために、
父の悪口を言いまくっていたけど、

「きっとお父さんは、
ことこのことを思って言ってるんだよ
お父さんにも考えがあるんだよ
など「諭される」ことが多く、

そうなると、
正当性を主張しようとムキになっていました。

高校3年生の時、
ある教科の先生が変わりました。

その先生は、
カウンセラーでもあるとのことで、
話す内容がとても興味深く、
休み時間には先生の部屋に
遊びに行くようになりました。

最初は友達関係や受験のことを
話していたのですが、
ある時、父との確執について話しました。

いつものように、
一方的に父のことを悪く言っていたら、

「そうかそうか、そうなんだね〜」
「それは、腹が立つよねぇ」
「うんうん、ことこは悪くないよ」

と私のことを一切否定することなく、
ただ聴いてくれました。

そして、心の中を洗いざらい、
全部聴いてもらったら、

「でも、、、若しかすると、
お父さんも私のことを思って
言っているのかもしれない…

そんな言葉が自分の口から自然に出てきて、
本当にびっくりしました。

否定されずに、
ただただ聴いてもらったら、
自然と答えは出てくる。

本人が答えをちゃんと持っている。

生まれて初めての体験でした。

傾聴の素晴らしさを体験し、

「私も先生みたいになりたい!
カウンセラーになりたい!」

と思いました。

とはいえ、心理学に興味を持ったものの、
心理学に対して、今のような認知はなく、
仕事のイメージも全く湧かず。

心理学を学んだ後の未来が見えなさすぎて、
高校3年生の段階で、
進路変更する勇気
はありませんでした。

大学時代:バックパックを担いで世界放浪&自分探し

大学時代は、
とにかく世界を見てまわりたかったので、
授業やサークルの合間にバイトをして、

長期の休みに入った途端、
バックパックを担いで海外に飛び出しました。

大学時代に訪問したのは、
ケニア、パキスタン、タイ、ラオス、インド、
ネパール、メキシコ、グアテマラ、ミャンマー
など。

往復の航空券だけを確保して、
「地球の歩き方」を頼りに
今日の行き先を決める。
そして、宿を決める。

旅中は、とにかく会う人に話しかけまくり、
「今までどの国に行ったか?」
「どこが良かったか?」
「なぜ旅をしているのか?」
など、質問攻めにしていました。

今思うと、
答えを外に外に求めていた時期でした。

旅を重ねるうちに、

前から書くことが好きだし、
識字率を上げるための教育に関わりたいな
途上国の開発に関わりたいな、

とぼんやり考えるようになりました。

そんな思いを抱えて訪問したグアテマラ

メキシコから入ると、
グッと生活水準が下がった
のを感じました。

旅行者を見ると、
「なんかちょうだい!」
「なんでもいいから、ちょうだい!」

と子どもたちがワラワラ寄ってくる世界。

つぶらな瞳で寄ってくる女の子を見ていて、
「この子が学校に行って、
字が読めるようになるまでには、

どれだけのステップが必要なんだろう?」
と考えました

親の考え、社会の考え、学校のシステム、
そして政治も。

「なにがどれだけ
変わる必要があるんだろう?
と想像すると、道のりは果てしなく、
自分の小ささ、圧倒的な無力さを感じました。

そしてある時、
村をぷらぷらとお散歩していたら、

道端に転がっていたネズミの死骸にギョッ!
ギョッ!とした自分にハッとしました。

「そんな反応をしておきながら、
開発問題に関わりたいって無理じゃない?」

「そもそも
ここに住める?
わたしには、そんな覚悟がある?」

自分が一生のうちに
成し遂げられることは、本当にわずか。


出来ることが限られているとすると、
本当にやりたいことは何?

と問い直しました。

そして、
高校時代に出会ったカウンセラーの先生
思い出しました。

自分にできることが僅かだとしたら
大切な人が困っている時に、
力になれるようになりたい。

そんな存在でありたい。

「やっぱり、
カウンセラーを目指そう!」

と決断しました。

大学院時代:カウンセラーを目指して | 泣きながら勉強した米での3年間

「留学したい」という思いが
ずっとあったこと、

日本で学べる心理学は、
翻訳されたものなので、
直接英語で学んだ方が
最新のものを学べること、

更に、文献は英語が多いので、
英語で学べるようになった方がいいと思い

アメリカに留学することにしました。

とはいえ、旅中に英語は使っていたものの
大学卒業までの教育は、ずっと日本語。

直接、大学院で学ぶのは、
ハードルが高すぎたので、

まずは大学に入り、
心理学の基礎やライティングなどを
学ぶことにしました。

日本人留学生の多い大学だったのですが、
「英語上達のために、日本語は喋らない」
と決めました。

とはいえ、
ネイティブスピーカーとはお友達になれず、
台湾や韓国からの留学生と行動していました。

留学2年目は大学院に進むために、
ニューヨークに移動。

移動して1週間後ぐらいに
「911」が起きました。

アッパー・マンハッタンから、
世界が変わる惨事をTV越しに見ていました。

大学院の授業についていくのは本当に大変で、
読むのにも、書くのにも、理解するのにも、
英語ネイティブの学生の最低4-5倍はかかる。

毎週、何百ページもの文献を読む必要があり、
レポートも必須。

朝から晩までずっと図書館にいて、
「土曜日の夜だけ遊んでOK」
というルールにしました。

大学院2年目は、ひたすら実習で、
英語でのカウンセリングがスタート。

カウンセリング以前に、
クライアントの英語が分からないことが多く、
カウンセラーとして全く役に立てずに
スーパーバイザーに泣きついていました。

授業が分からずに泣き、
レポートやテストの点数が悪くて泣き、
カウンセリングが上手くできなくて泣き、
泣いてばかりの3年間だった気がします。

でも、遂に迎えた大学院の卒業式!
足元から震えるぐらいの達成感で、

「遂にここまでくることができたー!」

今度は、喜びの涙を流すことができました。

人の心や人間関係への興味は尽きず、
「この道をもっと追求したい!」
博士課程に進もうと思いました。

でも、その頃何故か、繰り返し繰り返し、
「自分は日本にいて、
アメリカに戻る飛行機に乗り遅れる夢」

を見ました。

最初は起きたら忘れていたのですが、
あまりに何度も見るし、

夢分析的には、
夢は自分からの大切なメッセージ。

「もしかして、日本に帰りたいのかも!?」

と感じ、3年間の留学を経て、
若干、燃え尽きた感もあったので

一旦日本に帰ることにしました。

日本では「新卒」の方が、
門戸が開かれている。

そして、今後、日本人の大人に
カウンセリングをする時のために、
一度は日本の企業で働いておいた方がいい
とも考えました。

社会人①:甘くなかったコンサル会社での勤務

「日本に帰るとなると、就職先を探さねば」

留学生対象のキャリアフォーラムで
色々な会社を受け、

「2-3年で10年分学べる」というのに惹かれ
コンサルティング会社への就職を決めました。

コンサルティングがなんなのか、
全く理解しておらず、
新人研修では全くついて行けず。

感情ベースを、思考ベースに切り替えるのにも
かなり苦労しました。

でも、素晴らしい同期に恵まれ、
周りに助けてもらい、
新人研修はなんとかクリア。

最初にアサインされたのは
大規模なグローバルプロジェクト。

外国人の多いプロジェクトで、
イタリア人の夫にもそこで出会いました。

外国人スタッフと
海外オフィスで仕事が出来たのは楽しかったし

アナリスト時代は、
英語でのコミュニケーション力と
言われたことを素直にこなすことで、
なんとかなっていました。

ただ、年次が上がり期待値が上がってくると
段々と苦しくなってきました。

そもそも、なんとなく入った自分と、
本気でコンサルティングに取り組む人達との
差は開くばかり。

論理的思考も得意ではなく、
1日かけて考え抜いたつもりのスライドも
上司に一蹴される。

「これはまずい」と感じ、
ようやく真剣に取り組もうとしたけど、
時すでに遅し。

遂に上司から、
「コミュニケーションが取れない」
と、カウンセラーとしては
屈辱的なフィードバックも受けました。

本当に辛くなってきて、限界も感じ、

「そもそも、私が本当にやりたいことは
コンサルじゃないから!

今こそ、心理の道に戻るんだ!」

と博士課程に出願したものの、
結果は全ての大学院からリジェクト。

行き先を見失ってしまいました。

社会人②:「カウンセリングをやりたい!」2年間の日欧遠恋覚悟で転職

コンサルタントとしての限界が見えてきて、
マネージャーへのプロモーションは、
絶対に無理。

「だったら、アメリカに戻ろう」と
博士課程に出願したものの、
研究計画が曖昧で、
どこの大学院にも引っかからず。

更に、イタリア人の彼は
ヨーロッパに戻ってしまい、
日欧での遠距離恋愛がスタートしていました。

「私は次、どこで、なにをするの?」
キャリアとライフの選択でも揺れました。

「アメリカじゃなくて、
一層のことヨーロッパに行くのもあり?」

とも思ったものの、

「彼のためにヨーロッパに行けるか?」
と自分に問うた時、
答えは「NO」でした。

このまま行っても、絶対に後悔する。
心理の仕事をできない理由を
彼のせいにしてしまう、と。

そんなメンタルでは、
関係そのものも壊しかねない

なので、意を決して彼に伝えました。

「私はやっぱり、カウンセリングをやりたい。
カウンセラーとして仕事をして、
その証として臨床心理士の資格を取る。

だから、2年間待ってください」

そして、
2年以上の日欧の遠距離恋愛を覚悟の上、
カウンセラーに転職しました。

彼にも会えないし、
日本にいられるのも残り2年かもしれない。

「今、学べることは全て学んでおこう」

と、給料の殆どを学びに費やした期間でした。

NLPを学び、催眠療法を学び、
フォトリーディングという速読スキルも学び、
爆速で本を読み、ひたすらインプット。

ヨガや瞑想も始め、心身ともに、
ひたすら自分と向き合い続けました

しかし、彼との関係は山あり谷あり。

遠距離恋愛では、喧嘩をすると
仲直りが相当難しい
ことも痛感しました。

お互いの様子は、どんどん見えなくなるし、
お互いのいない生活が、
どんどん「当たり前」になっていく。

しかし、何度も喧嘩をし
もう無理だと思うものの、
なぜか縁が切れない!

とはいえ、人生は平行線で、
交わる気配はない。

藁にもすがる思いで、
占星術で相性を見てもらったら

「今別れても、いずれ復縁しますよ。
多分、5年後ぐらいかな?

おふたりは『腐れ縁』って出てますから。

別れられないと思います」

と断言され、
もう一体どうすれば… と途方に暮れました。

キャリアとライフの狭間で、
ものすごく悩んだけど、

カウンセラーとしての経験が2年経過し、
臨床心理士資格も取ることができたので、
ヨーロッパに移住することを決めました。

2011年 国際結婚で人生リセット:独立を試みるも失敗

これまで築いてきた人間関係もキャリアも
全部日本に残して、
彼と一緒になるためだけに、フランスに移住。

知っている人は彼1人だけ、という状態でした。

フランス語も「ゼロ」だったので、
語学学校に通い始めようとしたものの、

レベル分けテストでは、
本当に一問も分からず、
先生の指示も全く分からず

遂には、”Go outside!”と英語で言われ、
ポツンと1人、庭で待機させられました。

フランス語学校のクラスメートは
ヨーロッパのティーンが多く、
自己紹介で年齢を伝えたら、

「え?その数字はありえないんだけど?」
と驚かれ、次の瞬間、

「この子は数字も数えられないレベルなのね
と勝手に納得され、ものすごく惨めでした。

「私だって、
好きでフランスに住んでいる訳じゃない

「アメリカに留学したのに!
コンサルとしても働いていたのに!

なんでこんなに、
人生がリセットされなきゃいけないの?

喪失感に苛まれました。

頼みの綱の夫は出張が多く、
月〜木はひとりっきり。
フランス語は話せないし、仕事もない。

時間がありすぎるけど、やることがなく
悶々とした日々でした。

時間を持て余し、孤独で、
何かできないかと考え続けていた時、ふと、

「あれ?私みたいに
日本でのキャリアが完全にリセットされて、
落ち込んでいる海外在住日本人
いるかも!?」

「旦那さんの海外赴任についてきて、
ぽっかりと喪失状態になっている人が
いるかも?!」

と閃きました。

そこで、海外在住の日本人に向けて、
Skypeでのカウンセリングサービス
立ち上げることにしました。

Skypeだったら、
地理的に離れていても
カウンセリングを提供できる!

また心理の仕事ができるかも!?
誰かの役に立てるかも!?

と、一気に目の前が明るくなり、
エネルギーが湧いてきました。

サービスメニューを検討し、
アメブロで自分のページを立ち上げ。
フランスで自営業者として登録。

フランスの日本人向けの会報に広告を掲載。
名刺やポストカードを大量に準備して、
身近なところにばら撒きました。

パリやロンドンにいる
日本人の精神科医にもコンタクトをとり、
何かあった時に、
リファーできるような場を整え、

友人達にも高らかに
「次にやることが決まりました!」
と宣言!

きっと、たくさんの需要があるはず!
これまでの知識と経験を活かす
んだ!
海外在住の日本人の方をサポートする
んだ!

そんな希望が湧いてきました。

が、いざ始めてみると、全然反応がない…

溢れ出ていたエネルギーも
シューっと音を立てて萎んでいきました。

更に、ぽつり、ぽつりと来るご相談は、

国際結婚が拗れに拗れ、
心理的サポートよりも、
法的サポートが必要と思われるケースや、

カウンセリングよりも
医療の介入が必要なケース
が多く、

自分には対応できない
無力感に打ちひしがれました。

また対応できないケースが重なることで
「また対応できなかったらどうしよう」
と、発信することへの怖さも
募っていきました。

そんな状態で、長女を妊娠。正直なところ
「これで活動を休止する大義名分ができた」
とホッとしました。

長女が1歳になり、
週3回午前中だけ
保育園に預けることにしたので、
少しだけ活動を再開。

でも、やっぱり中途半端で宣伝できず、
集客もできず。

そして次女を妊娠。

「これで止めても、
誰にも何も言われないだろう」

逃げるようにサービスを休止しました

2017年 プラットフォームに登録:コーチングの面白さに目覚める

多言語環境にいる2人の娘達

日本語教育など、
子育てにエネルギーを注ぎ込もうと思えば、
いくらでも費やすことは可能でした。

ただ、
「溢れるエネルギーを子どもだけに注ぐと、
子どもを潰してしまう」

「子育て一本で行ってしまうと、
空の巣症候群まっしぐら」
という危機感と不安がありました。

そんな時、偶然、
オンラインカウンセリングのプラットフォームを知り、

「オンラインなら
フランスからもカウンセリングできる!」

と即応募!

登録後は、予約やキャンセル、決済手続きが
全部プラットフォーム内で完結していること
朝起きたら予約が入っていることに
感動の連続でした。

マーケティングや集客、決済などを気にせず、
カウンセラーは、
カウンセリングのことだけを考えていればいい。

とにかく経験を積もうと、
最初は週2回、その後は週4回、
娘達がいない9時から16時まで、
カウンセリングに没頭しました。

その後、プラットフォームが
コーチング事業を開始。

内部でコーチ募集の声がかかり、

「やってみたい!」

と速攻で手を挙げました。

性格特性診断に基づき、自己理解を深め、
目標達成をサポートするタイプのコーチング。

これまでは、
カウンセラーとして関わってきたけど
コーチはクライアントに
より積極的に関わる存在

関わり方の違いにより、
クライアントに起きる変化もスピードも
変わる。

コーチはクライアントに、
より積極的に、ダイナミックに関われることに
大きな魅力を感じました。

コロナ禍で
一気にzoomが広がったタイミングで
プラットフォームにも勢いがあり、

次から次へと予約が入るので、
コーチとしても
順調に経験を重ねることができました。

これまでで
一番多くセッションをやったのは、
2020年の7月

1ヶ月で、コーチング47件、
カウンセリング29件と
合計76セッション。

本当にたくさんのクライアントさんとの
出会いがありました。

どれだけセッションをやっても、
疲れは全く感じず、

「もっとクライアントさんの
お役に立てるようになりたい!」
と思いました。

そして、

「カウンセラーの私よりも、
コーチの私の方が、
素の自分に近い気がする。

若しかすると、私は
コーチの方が向いているのかもしれない

そんなことも、感じ始めていました。

2021年 Co-Active®コーチングとの出会い:「これだ!」衝撃と確信

カウンセリングからコーチングに焦点が移り、
コーチとして、もっとスキルアップしたい、
と考えていたところ、

2020年の年末、コーチ仲間から
「きっとことこさんに合うと思いますよ!」
Co-Active®コーチング
教えてもらいました。

コロナ禍の影響で、
それまで対面でしか受けられなかった
トレーニングが

オンラインで受けられるようになっていた
タイミングでした。

しかし、スケジュールを見てみると、
時差的に日本のコースへの参加は不可能。
土曜日に他の仕事があるので、
週末開催のイギリスのコースも難しい。

唯一可能だったのは、
アメリカ東海岸の平日コース。

久しぶりの英語でのトレーニングに
不安はありつつも、
導かれるように受講を決めました。

トレーニングは、3日間x5コース。

最初のコーチングデモを見た時に、

私が求めていた
コーチングはこれだ!!!

という衝撃を受けました。

時々投げかけるコーチの核心をついた質問で、
短いデモンストレーションの時間でも、
クライアントが激変していくことに感動!

無駄なく一直線に「答え」に向かっていく、
そんな「美しさ」にも魅了されました。

これまで自分が持っていた

  • 「コーチングは、クライアントの
    目標達成をサポートする」

という認識は、

  • 「コーチングは、クライアントに
    本質的な変化を起こし、
    クライアントの人生を
    より良い方向に向かわせる

へと変化し、
コーチとしての可能性が
一気に広がった
気がしました。

約2ヶ月の短いスパンで
基礎・応用コースを終了。

最終日には、
大学院での卒業式に似た達成感
抱くことができました。

そのまま上級コースに進み、
コーチング資格の取得を
目指すつもり
だったところ、

所属していたプラットフォームの代表から、
チームリーダーを打診されました。

「登録カウンセラーとコーチを取りまとめ
カウンセリングとコーチングの質向上を目指す
チームのリーダーをやってくれませんか?」

そんなチームは
これまで存在していなかったし、
打診されたこと自体に、
とても驚きました。

これまでは、コーチとして一対一で
クライアントの成長をサポートしてきた。

でも、リーダーとして
メンバーの成長を促進する
ことでも
コーチとしての自分を
活用できるかもしれない。

それに、カウンセリングとコーチングの
質向上となると、
これまでの様々な経験を
色々な形で活かせる
かもしれない。

上級コースの申し込みの一歩手前だったけど
一旦、学びは中断し、
新しい役割に挑戦することにしました。

その後1年半ほどは、チームリーダーとして
チームメンバーと様々なことにチャレンジ。

チーム一丸となって目標に向かっていた時は
結果も出ていて、

メンバーの強みが発揮される
ってこういうことか」

心理的安全って、
こうやって作っていくものなんだな」


など、チームでしか得られない学びも
たくさんありました。

ただ、会社の方針が色々と変わり、
遂にはチーム自体が解体されることに。

体制が変更される度に、人が去っていき、
自分の居場所もどんどんなくなっていく中、
向かいたい方向はなかなか見えてこず。

チームリーダーだったのは
1年半という短い時間でしたが、
想いがありすぎて、愛着がありすぎて、
なかなか気持ちが切り替えられませんでした。

ストレスで暴飲暴食が加速し、
自分へのコントロールを失う中、

冬休みに家族で行ったスキー場で、
スロープから転がり落ち、右膝を剥離骨折。

6週間右膝を固定」と言い渡され、
物理的に動けなくなり、

徹底的に自分と向き合わざるを
得なくなりました。

藁にもすがる思いでコーチングを受け始め、
浮かび上がってきた答えは、

「コーチとして独立しよう!」

あれほど魅力を感じ、
「これだ!」と確信したけど、
2年前に中断してしまった
Co-Active®コーチングの道

もう一度、歩き始めよう!
プロコーチの道を突き進んでいこう!

と決めました。

2023年 コーチとして独立:もがき続けた1年間

2023年6月、コーチとして独立。

それまではプラットフォーム経由で
クライアントさんと出会えていたけど、
自力でクライアントさんと繋がる必要性
出てきました。

カウンセラーとして集客できなかった
12年前の記憶が蘇ってきたけど、

失敗した過去を乗り越えようと
がむしゃらに行動しました。

7月からは2年越しで上級コースも開始。
Co-Active®コーチングの習得には
苦労しました

上級コースが始まった時点で、
既に700時間以上のコーチング実績があり、

NLPや、その他様々な手法から、
視点を変える方法や、
行動を変容させる方法は
たくさん知っていました。

でも、
「これまでについた癖をなくす」
「Co-Active®の型をしっかり身につける」
そう決めました。

実際、コースリーダーからは、
「それはCo-Active®ではありません」
と何度も言われました。

「でも、クライアントのためになるんです!」
と言いたい気持ちをグッと堪え、
フィードバックを正面から受け取ることを
意識し続けました。

そんな風に9ヶ月間、
コースを通じて全力で学び、
万全の状態で臨んだ第1回目の試験は
不合格」。

受け入れ難い結果でしたが、

悲しみや悔しさを味わい、
自分の至らない部分を受け入れ、
再試験への恐怖を克服し、

自分自身と自分のコーチングを見つめ直し、
再度、試験に挑みました。

非常に辛い1ヶ月でしたが、
このプロセスを経て、大袈裟でなく、
「レベルが上がった」
感覚を得ることができました。

そんな風に、二度目の正直で
CTI認定CPCC®資格を取得!

ようやく、胸を張って、自信を持って、

私はプロの
コーアクティブ・コーチです!

言えるようになりました。

2024-2025年 スペインにてCo-Active®リーダーシッププログラムに参加 

2024年8月から2025年5月にかけて、
スペインで開催された
Co-Active®リーダーシッププログラム
参加しました。

私たちのグループには、
ヨーロッパや中東だけでなく、
アジアや北米など、
大陸を越えてさまざまな仲間が
集まっていました。

誰ひとり知っている人の
いない環境に飛び込み、

英語で多様なバックグラウンドを持つ
メンバーと関係性を築きながら
自分を深く探究することは、
とてつもない挑戦でした。

でも、
思い切って飛び込んだからこそ、
かけがえのない仲間
出会うことができました。

そして、
人の無限の可能性と素晴らしさ
頭ではなく体感として
深く感じる時間となりました。

この期間、問われ続けたのは、

コーチとしてどうあるか」ではなく、
リーダーとして、どうありたいのか

正しさやスキルを超えて、
在り方そのもの
問われ続ける10ヶ月でした。

そして、
このプログラムを通して学んだことは、

  • どんな状態でも、選択することはできる
  • どこからでも、自分の人生は創っていける
  • ありのままを受け入れるところから、すべては始まる

ということ。

この10ヶ月を通して、
自己受容」は、
理論ではなく感覚へと
変わりました。

そしてそれは、
私がこれからの人生を通して
探究し続けていくテーマ(クエスト)
なりました。

2025年 想定外のトランスフォメーション:第一章から第二章へ

2025年11月
10ヶ月にわたる
リーダーシップ・プログラムを終え
自己受容は深まっていたはずでした。

しかし、
プログラム完了から半年後、
想定もしていなかった
大きなトランスフォーメーション
起きました。

それはまるで、
これまでの人生が「第一章」で、
新たな「第二章」が始まったような
感覚でした。

それまで私の中に根深くあった、

どこかに所属していなければ価値がない

という強烈な思い込みに気づき、
そこから自己受容がぐっと深まったのです。

「第一章」では、
自分の価値を証明しようと
もがき続けた私でしたが、

「第二章」では、
そのままで在っていい」と
自分に許可を出せています。

だからこそこれからは、
これまで私が学び、経験してきた
「自己受容」というプロセスを、
少しずつ「形」にして伝えていきたい
感じるようになったのです。

この想定もしなかった
トランスフォーメーションについて、
詳しくはこちらに綴っています👇

「ありのままでは価値がない」思い込みを手放し自己受容が深まった日コーチとしても、カウンセラーとしても、とても大事な「自己受容」。私はこれまで、長い時間をかけて自分と向き合い、自己受容を深めてきたつもり...

2026年 現在地とこれから:自己受容の探求者から、自己受容の伴走者へ

2026年、私は今、
自己受容を探求する人」であると同時に、
自己受容を体現しながら、伴走する人
です。

自己受容は、
一度できたら完了
というものではありません。

一生をかけて深め続けていく
統合の旅です。

10ヶ月のリーダーシップ・プログラム、
そして想定もしなかったトランスフォーメーションを経て、

私はようやく、
何かが足りない
今の自分では不十分だ
という焦りや不安から、
少しずつ解放され始めました。

完璧を目指して頑張るのではなく、
不十分さや足りなさも含めて、
ありのままを受け入れること。

だからこそ今は、
コーチとしての自分を信じきれずにいる方と
同じ土台に立ち
共に歩んでいきたいと思っています。

自己受容は、
ゴールではなくプロセス

そのプロセスを、ともに歩んでいけたら嬉しいです。

結構長くなった、私のこれまでの軌跡、
最後までお読みいただき、
本当にありがとうございました。

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藤田琴子の継続コーチング | 本来の自分を取り戻す時間こんにちは。 自己受容を深める コーチのためのコーチ 藤田琴子です。 本ページをご覧いただき、 どうもありがとうございます...
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